「ヴォイスの客」はらすすのジャズよもやま話
連載第59回 札幌の老舗のジャズ喫茶

 9月に遅い夏休みを取った僕は、2泊3日で札幌へ行ってきました。家族同行の旅
行であったため、単独行動ばかりという訳には行きませんでしたが、とりあえず札幌
に残された2軒の名だたるジャズ喫茶である「Jamaica」と「Bossa」とを表敬訪問し
てきました。事前に札幌のジャズ喫茶情報に関してインターネットで調べていたとこ
ろ、「北海道の最近の状況が分からないので、友人の店の常連でジャズ通の方に札幌
ジャズ喫茶近況を教えて貰ったが、やはり札幌もご多分にもれずジャズ喫茶はなくなっ
てしまったそうだ」などという書き込みを見つけ、いささか絶望的な気分になってし
まいました。確かに、札幌には以前には「Act」・「Ayler」・「B♭」・「ニカ」等
といった有名店が存在していましたが、これらの店も既にすべて姿を消しています。
しかし、「Jamaica」と「Bossa」との2軒は、訪れた僕に対して“こんな立派なジャ
ズ喫茶が2軒も残っているだけでも凄い事やん”という気持ちにさせるような実に素
晴らしいお店でした。
 この2軒のお店が僕に対してかくなる満足感を与えた最大の理由としては、その伝
統とソフト数の多さという点が挙げられると思います。「Bossa」は1971年(昭和46
年)、そして「Jamaica」に至っては何と1961年(昭和36年)の開店であり、このジャズ
喫茶苦難の時代にあっていずれのお店も長い歴史を刻んでおられます。また、ソフト
数は「Jamaica」がLP約2万枚・CD約4000枚、「Bossa」はLP約9000枚・CD約5000枚と
の物凄い数を所有しているそうです。僕は壁面一面を無数のレコードが飾るとの光景
が大好きであり、とても美しいと思うと共にそのようなおびただしい数のレコードを
眺めているとたまらなく安堵感を感じてしまいます。このような理由により、僕はこ
の2軒のジャズ喫茶に魅了されてしまいました。
 「Bossa」は古いビルの3階にあり、扉を開けるとまずカウンターが目に入ってき
ますが、カウンターの奥には壁一面にLPレコードが並んでおり、まずこの光景を見た
だけでホッと一安心といった気分です。そして、コの字型になった店内の奥にはいく
つかのテーブル席もあり、意外に広いスペースのお店です。現在夜はアルコール主体
の営業との事ですが、この時代にジャズ喫茶なるものが生き延びていくためにはそれ
も当然の事でしょう。ただ、僕が訪れたお昼間には 珈琲を啜りながら大音響のジ?ズ
に耳を傾けている先客が既におられ、扉を開けるなり何か往年のジャズ喫茶が持っ
ていた独特の雰囲気を肌に感じて、とても懐かしい気分になってしまいました。
 一方「Jamaica」は、「Bossa」から歩いてほんの2分程度の距離のやはり古いビル
の4階の一角に位置しています。店内は比較的狭く、細長いカウンター席以外にはテー
ブルが1つあるだけです。かつては本格的なジャズ喫茶だったそうですが途中で移転
されたとの事で、現在のお店ではカウンターの奥の棚にはキープされたボトル瓶が多
数並べられており、この箇所だけをみるとまるで間違ってスナックに迷いこんだよう
な印象を感じてしまいそうです。しかし、一旦カウンターの後ろの壁一面の目をやる
と、驚くなかれそこには御自慢の2万枚のレコードが整然と並べられ、且つそのレコー
ド棚の中央部の下段にはかのJBLパラゴンが埋め込まれるような形で鎮座しておられ
たのです。この光景を見て僕は、驚きと感動で腰が砕けるような感覚さえ覚えてしま
いました。「何かリクエストがあればおかけしますが」とのママさんの有り難いお言
葉に対して、僕はBud ShankのPacific盤をと所望し、“Bud Shank Plays Tenor”と
いうレコードを聴かせて頂きました。そして、名だたる銘器であるJBLパラゴンから
聞こえてくるBud Shankのやや甘味をおびた音色のスインギーな演奏を耳にして、と
ても幸せな気分を味わう事ができました。だけど2万枚もレコードがあれば、たとえ
どんなリクエストをされても答えられない事は恐らくないでしょうね。
 僕のホームタウンである神戸〜西宮にも数軒のジャズ喫茶があり、日本全体の中で
は恵まれたジャズ喫茶環境だと言えるでしょう。これまでにもこのような事は何度も
書いてきましたが、ジャズと珈琲が好きな僕にとって、もしどこかへ転居せざるを得
なくなった時にはその街に素敵なジャズ喫茶があるか否かという事はとても大きなポ
イントなのです。そういった意味から、この2軒のジャズ喫茶の存在が故に僕は札幌
という街に対してとても好感を抱きつつ帰途につく次第となったのでした。
 ではまた来月、皆様どうぞこの良き秋の季節を大いにお楽しみ下さい。
                              
                         (2006年10月10日 記)