「ヴォイスの客」はらすすのジャズよもやま話
連載第86回 「ジャズ批評」誌が教えてくれた最新のピアノトリオ盤

 こんな事はこれまでにも幾度となく述べてきた事なのですが、CD全盛時代になって
以降自主制作が容易になった影響もあって、毎月発売されるジャズの新譜の多さには
ただただ目を見張るばかりです。おまけに、「スイングジャーナル」などのジャズ専
門誌で紹介される作品数は国内制作盤を中心とした極く一部に限られますので、自ら
熱心に新譜に関する情報収集に励まない限りは、少なくとも輸入盤情報などを得る事
は出来ません。そういった意味で、本コラムの第73回で紹介した「ジャズ批評 133号
 ピアノトリオ最前線2006」や第78回で紹介した「Jazzとびっきり新定盤500+500」は
僕に多くの情報を与えてくれる希有な書籍だった訳ですが、この度ジャズ批評誌
の2008年11月号では“ピアノ・トリオvol.4 2004〜2008”との特集を組んで、僕を狂喜
させてくれました。
 この本では、主に2004年から2008年に吹き込まれた161枚ものピアノトリオのCDが紹
介されています。このうちで僕が既に所有しているCDも10数枚はあったものの、そ
のCD自体はもとより奏者のピアニストの名前すらも知らない作品が大半を占めており、
興味津々でページをめくり、各ページを舐め回すように読み耽る次第となりました。
その結果、特に興味を抱いた数枚を早速購入したのですが、今回はそのような過程に
より入手したピアノトリオ盤達をご紹介する事にしてみましょう。
 まず最初に、John Nazarenkoというピアニストの自主制作盤(タイトルなし!)から紹
介してみます。ジャズ批評誌では花村圭さんという方が“John Nazarenkoはニューヨー
クのベテランピアニスト。なのに、これが初リーダーアルバムという。尽きることの
ないジャズの国のNYの人材的懐の深さを体感させられる。”と述べておられますが、広
島にある通販専門のCDショップである「Vento Azul」のホームページを覗いてみると、
オーナーの早川公規さんが“教育者としての活動が主だったために今まで表舞台に出て
こなかったピアニストですが、聴いていてビックリ! ホッド・オブライエンやビル・
チャーラップに通じる歌心抜群のフレーズは、説得力抜群です。”と論じておられ、こ
れでもう買いは決まり! Hod O`brienに関しては本コラム第20回で既に紹介しています
が、Bill Charlap共々モダンジャズピアノの良心とも言えるピアニストなのですか
ら…。
 お次は、Ben Patersonというピアニストによる“Breathing Space”(OA2)という作品
です。ジャズ批評誌の中では、「キャットフィシュレコード」の森剛志さんが“質素で
渋い正攻法のハード・バップ演奏が快調に続き、パターソンの、バップ・ピアノの伝
統に深く根を下ろした、端正でありキビキビした鋭敏さもある凜々しい立ち働きが冴
えている。”との解説を加えておられますが、バップという単語が連発で出てくるこん
なコメントに魅せられて買い! を決定した僕は、どうやらやっぱり根っからの“バップ
馬鹿”の様です。超有名曲ではないスタンダードが主体で、数曲の自らのオリジナル作
品に加えて、Gigi Gryceの「Hymn of the Orient」やScott LaFaroの「Gloria`s
Step」といった知られざるジャズメンオリジナル曲を含むという選曲の構成もまた大
変魅力的です。
 さらに、Igor Prochazkaというピアニストの“Easy Route”(自主制作)というCDも購
入しちゃいました。この作品はほぼ全曲がIgor Prochazka自身のオリジナル曲で占め
られており、通常そのようなパターンの選曲は僕の好みではないのですが、花村圭さ
んがジャズ批評誌の解説文中に書かれた“一昨年のマイブーム、Ignasi Terraza「In
a Sentimental Groove」の再来は…やはりひと味違うスペインの哀愁盤の紹介です。”
というひと事が、僕を買い! に走らせたのでした。と言うのも、スペインが生んだあ
の哀愁のピアニストTete Montoliuの再来との噂と共に、数年前に華々しくジャズシー
ンに現れたIgnasi Terrazaという名前のピアニストを、僕はいたく気に入っていたか
らなのです。そして、CDを購入して実際にIgor Prochazkaの演奏を耳にした結果、僕
はこの選択に誤りはなかった事を強く実感したのでした。
 その上、これらのCDの購入に際して、僕は「ディスクユニオン」やら「Vento Azul」
やらのホームページを丹念にチェックしていたところ、「ジャズ批評」誌掲載盤以外
にも、Phil Aaronというピアニストの“I Love Paris”(Igmod)やBruno Hubertというピ
アニストの“Live at the Cellar”(Cellar Live)といった魅力的なピアノトリオ盤を発
見し、結局これらの作品も購入するハメになってしまいました。「ジャズ批評」誌が
発売された事によって、僕は普段にも増して数多くのCDを購入し、最終的に大散財と
の結果になってしまいましたが、心の充足感を伴った“幸せな大散財”と言える事でしょ
う。
 しかしながら、特に意識したという訳でもなかったのですが、こうして購入したCD
を揃えて改めてジャケットを眺めてみると、特筆すべき事はいずれ劣らぬジャケット
デザインの素晴らしさであり、各々のジャケットを一見するだけでジャジーで今にも
音が聞こえてきそうな作品ばかりです。よく“ジャケ買い”という言葉が用いられます
が、実際素晴らしい内容の作品のジャケットはジャズの雰囲気を具現していると言っ
てもあながち間違いではなさそうですね。
 ではまた来月、厳しい寒さがぶり返してくるとの予報ですが、皆様どうぞ寒さ対策
を万全にしてお過ごし下さい。
    (2009年1月10日 記)